作品名:
蚊帳
作者:
織田 作之助書き出し:
彼の家は池の前にあった。蚊が多かった。
新婚の夜、彼は妻と二人で蚊帳を釣った。永い恋仲だったのだ。蚊帳の中で螢を飛ばした。妻の白い体の上を、スイスイと青い灯があえかに飛んだ。
痩せているくせに暑がりの妻は彼の前を恥しがらなかった。妻は彼より一つ歳上だった。彼の方がうぶらしく恥しがっていた。
妻は池の風に汗を乾かしてから寝ついたが、明け方にはぐっしょり寝汗をかく日が多くなった。肺を悪くしたのだ。
蚊帳の中で妻はみるみる痩せて行った。骨張った裸の体は痛ましかった。妻はもうキチンと浴衣の襟をかき合わせて、どんなに蒸し暑い夜も掛蒲団にくるまっていた。三十八度の熱が容易に下らなかったのだ。
そんな熱があっても、しかし妻は彼に抱かれたがった。病気をすると一層彼が恋しくなるらしかった。やがて死ぬものと決めている妻は、落日の最後の灯が燃えるように燃えたがっていた。夜中に灯をつけて、眠っている彼の顔をじっと眺めながら、彼の髪の毛を撫ぜていた。そしていきなり物狂わしく引き寄せるの…
図書カードURL:
https://www.aozora.gr.jp/cards/000040/card60126.html
処理時間:0.16505789756774902344秒
データ取得試行回数:1回 ブロック判定︰0回 ルビ判定︰0回