作品名:
野の花を
作者:
田山 花袋書き出し:
静かに木の立つたやうに、物も思はず、世も思はず、自己をも思はず、人間をも思はず――。
慈悲と言ふことも、頭に上つて来なければ来なくとも好い。他でもなければ自でもなく、自でもなければ他でもない。飽くまで唯、自然に。
障子の桟にもう動けなくなつた蠅が一つとまつてゐる。辛うじて紙につかまつてゐるだけで、もう少し経つたら、ばたりと落ちて死んで了ふだらうと思はれる。それでゐて、容易に死なない。朝日がさして来ると、また動き出す、はしやぎ出す、場合に由つては再び飛ばうとさへした。
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