作品名:
樹木とその葉
作者:
若山 牧水書き出し:
きさらぎは梅咲くころは年ごとにわれのこころのさびしかる月
梅の花が白くつめたく一輪二輪と枯れた樣な枝のさきに見えそむる。吹きこめた北の風西の風がかすかな
東風にかはらうとする。その頃になるときまつて私は故のない憂欝に心を浸されてしまふ。
眼をあけてゐるのもいやだが、而かも心の底は明るく冷やけく澄んで居る。爲事のいやになるのもこの頃である。煙草のいゝのを喫ひたくなるのもこの頃である。
あたりの木々も、常磐樹ならば金屬の樣に黒く輝き、落葉樹ならばたゞ明るく靜けく枯れた樣に立つてゐる。根がたの草はみなひとしく枯れ伏してうすら甘いその頃の日ざしを含んでゐる。さうしたなかに一りん二りんと咲き出づる梅の初花を私は愛する。
年ごとにする驚きよさびしさよ梅の初花を今日見出でたり
梅咲けばわがきその日もけふの日もなべてさびしく見えわたるかな
梅の花はつはつ咲けるきさらぎはものぞおちゐぬわれのこころに
然し何と云つても春は櫻である。それもお花見場所の埃つぽいのは花のおもひがせぬ。靜かな庭に咲き出でた一本二本、雨の後などとりわけて鮮けく、照り澄んだ日ざしのなかにほ…
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